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2010年7月 8日 (木)

のんちゃんとの出会い

昨日の七夕は、雨ザーザーだったと言うのに、今日は、皮肉なくらいよく晴れている…。天の采配も意外と行き届かないものだなぁ。
私は「のんちゃんと夢で会いたい!会わせて!」とお願いしたが、残念なことに夢に登場したのは、のんちゃんではなく唐沢寿明さんだった。まぁ、唐沢寿明さんは大好きなのでいいのですがね…。嬉しいっちゃー嬉しいんですがね…。でも、のんちゃん…ブツブツブツthink

七夕は、我が家の結婚記念日でもある。私は、連れ子再々婚なので(連れ子=フェレットのんちゃん)、結婚と言うよりは、3人が家族になった日ということで、我が家では「家族記念日」と呼んでいる。今年で10年。結婚は3度目だが、10年持ったのは初めてで、続けば続くものなのだなぁ…と感心してみたり。だが、10年目の家族記念日は、旦那は仕事で残業、私は百日咳に罹患中なので外食をするわけにもいかず、一人冷やし中華を作ってチルチルと食べた。侘しいものだなぁcatface

さて、我が家のメンバー紹介でもしておこうかな。

まず筆頭は、なんと言っても「のんちゃん」。のんちゃんは、困り眉(のような毛の模様)が自慢なセーブルのフェレットだ。フェレットには、「ファーム」という出身地を特定するものがあるのだが、のんちゃんはファームが不明である。まだフェレットが今ほどメジャーじゃなかった頃の話なので、フェレットを扱うショップも、結構いい加減だった時代だ。出身ファームも誕生日もわからないフェレットは多く、のんちゃんも、お店の人に尋ねても調べてもらっても、結局わからず仕舞いだった。

出会ったのは、1996年の11月20日のこと。当時私は、今の旦那ではなく2番目の旦那と暮らしていて、出張が多い人だったので、留守の間私が退屈しなくて済むようにと、フェレットを飼うことを思いついたらしい。その少し前、2人でよく行くホームセンターで、とても人懐っこくかわいいフェレットに出会い、私がものほしそうにケージの前に釘付けになっていたのを覚えていたのであろう。動物の飼育禁止の県営住宅だったので、「鳴かない」からバレないだろうとも思ったのだろう。
仕事から戻った元旦那に連れられてホームセンターのペットコーナーへ行き、「好きなのを選びな!」と言われびっくりした。好きなのを選べって言われても、とてもじゃないけど選べなかった。コーナーには、たぶん20フェレくらい居たと思うのだが、どのコもかわいくどのコも「自分をお迎えしてくれー!」と、アピールしているように見えた。その中から1匹だけ選んで連れ帰るのは、私にはなかなか勇気のいることだった。連れて帰れないコに申し訳ないではないか!もしお金が山ほどあるのなら、たぶん全員連れ帰っていたと思う。「全員連れ帰れないのなら、1匹も連れて帰りたくないよ!」というのが本音だった。
いつまでもうだうだ悩んでいるので、業を煮やした元旦那が「このコでいいじゃん!」とケージの中からつまみ出し、私にひょいっ!と渡したのがのんちゃんだった。のんちゃんは、他のコたちよりもちょっぴり小柄で、他のコたちに踏み潰されたりして、ちょっとかわいそうな感じの気弱なコだった。

まだフェレットを飼うことになったという実感も沸かないまま、売り場の人に「ハイ、このコですね!」と確認され、空気穴が数箇所空いた小さな段ボールに入れられたのんちゃんが手渡された。ホームセンターのオープニングセールで、なんとフェレットは1匹\9,800で、オマケにプラスチックのキャリーまで付いていた。ケージがいるということで、アイリスのケージ(61×45×42 \4,980)も一緒に買った。そして私は、まだボーッとしたまま車に乗り込み帰路へ着いた。
家へと向かう車の中で、私は腿の上に乗せたのんちゃんの入った小さな段ボール箱を開いてみた。そこにはちっちゃくて、黒々として、ふわふわの生き物がいて、クリっとしたまんまるの目が、じっと私を見ていた。その途端、私の目から涙がこぼれた。腿の上の段ボールはあまりにも軽く、のんちゃんはあまりにも小さく頼りなく儚げで、「私が守ってあげるからね...」そう思った。私は、今日のこの日のために生まれて来たような、このコに会うために生まれて来たような、そんな気がしてならなかった。胸がいっぱいだった。「やっと会えたね!」のんちゃんは私をじっと見つめながら、そう言っているようだった。

今でもそのときのことを思うと泣けてくる。私はこのコを託されたんだと思った。のんちゃんのフェレットのお父さん、お母さんから「人間のお母さんとして、このコをよろしくね。」と、託されたんだと思った。責任は重大だし、命の重さは計り知れない。だけど私はしあわせだった。のんちゃんと出会えた喜びは、何ものにも変えがたい。

2006112002

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コメント

私も…と言うか、引っ越してから夢はおろか、あれだけ感じてた気配すら無くなったweep
でも不思議と寂しい感じはなく、きっと家の何処かにいるんだろうって思えてますhappy01
強さ増したかなcoldsweats01

でも、のんちゃんの話になると昔を思い出して涙がweep
キノコハウスが懐かしいweep

のんちゃんが生きてる時にママには出会っていたのに、のんちゃんの事、まだ全然知らなかった自分が恨めしいweep

のんちゃんーーーsweat01
幸太ーーーsweat01

と、意味なく叫んでみたcoldsweats02

投稿: 優斗 | 2010年7月 8日 (木) 19時24分

banana優斗さん
きっと「ここにいるよー!」って意思表示しなくても、そうやってママが「きっと家の何処かにいる」って信じられるようになったから、夢に出る必要や、気配を感じさせる必要がなくなったんだよ。
体をもって暮らしていたときと同じように自然になったから、敢えて感じさせる必要がなくなった、きっとそんな感じheart04
でも!たまには見たいよねーーーっ!!!sad

そうなんだよね~。生きているときに会ってるんだけど直接会話したのは亡くなってからなんだよね。話しかけにくい状況の中、勇気を持って話かけてくれたのが、優斗さんでした。懐かしいよね!懐かしくて泣けちゃうcrying

キノコハウスだけは、まだ猫娘たちにもいじらせてないのだ。さすがにキノコまで壊されちゃったら私再起不能になるcoldsweats01
かわいいカワウソとオコジョのぬいぐるみを中に入れて、猫娘たちの手の届かない棚の上から、いつも私を見ていますwink

幸太くーーーーん!
のんちゃぁーーーーーん!
二人は昨日七夕に、何をお願いしたのかな?

投稿: クシネ | 2010年7月 8日 (木) 21時28分

読ませていただいて、出会いって何だろうネって考えてしまうねー。
あの時、ああだったら、ってちょっと違っていたら会えなかったのか?それとも、どんなことがあってもめぐり合うように決まっていたのか?
どっちでもいい、出会えたってことが大事で、そこからはじまるんだもんねー。

感謝・感激!

投稿: フェーブ | 2010年7月 8日 (木) 22時25分

bananaフェーブさん
うん。出会いって何なんだろうねー...。
もしかすると、あの中のどの仔をお迎えしても、そのコは、のんちゃんになったような気がするよ。元旦那が、他のケージの仔を選んでも、のんちゃんの隣に居たからだの大きな元気な仔を選んでも。たぶん、どの仔でも、のんちゃんになったような気がするんだよね。フェーブさんがおっしゃるように、「そこから」始まるのだからheart04
きっと私にとってフェレはどの仔も「のんちゃん」だったんだよconfidentheart04

投稿: クシネ | 2010年7月 8日 (木) 22時55分

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