思い出語り

2012年2月28日 (火)

懐かしのメロディ♪

先日、マイミクさん(mixi)が、「この歌オススメ!カッチョイイ!」とつぶやいていたのでチェックしてみると、本当にカッチョヨカッタlovely

フライングゲット (Flying Get) / AKB48 Cover by GILLE

「あれ?」

...と思われた方も多いのでは?そうです、元歌は、AKB48の『フライングゲット』

それを、「GILLE」という謎の女性ボーカルがカバーしているもの。彼女が誰なのか、候補は2人程挙がっているみたいだけど、まだ謎。謎のまま行くのか、もっと話題になったら正体を明かすのかは、それこそ謎だけど、でも、歌は上手いし、歌唱力もあるし、カバー曲なのに、自分の歌のように、イキイキと楽しんで歌っちゃってるところが結構好きwinkgood

他にも何曲かカバー曲がUPされていて、その中に「おおっ!」というのを発見flairlovely

タイム・トラベル (TIME TRAVEL) / 原田真二 Cover by GILLE

私の青春時代に、どストライクですよhappy02heart04

お気に入りの曲をカバーされる場合、好きなタイプの声や歌い手さんなら良いのですが、そうでない場合は、結構ゲンナリしてしまうもので...でも、彼女の『タイム・トラベル』は、文句なし!こんだけ鮮やかに歌いこなされちゃうと、ホント、文句なし。むしろ、お気に入り。日に何度も聴いてしまったりbleah

でもね、やっぱり本家・原田真二の方がイイわけでheart02

Time Travel (Budokan'78 ver.) / 原田真二

若い方は、スピッツのが元歌なんじゃないかと思っているかも知れませんが、原田真二なんですよー。当時ね、カッコカワイイ彼は、同級生の女子の間でも、すっごい人気でしたのheart04

男子は、ギターテクに憧れて、Char(竹中尚人)のファンが多くてね、女子は、世良さんと原田真二で人気を二分していたって感じ?happy02heart04

私は、よく放課後の音楽室でグランドピアノを弾きながら、原田真二の歌真似をしたものです。先生の目を盗んで...bleah

私が子どもの頃は、クラシックや童謡以外の音楽=不良だった時代(笑)

歌謡曲やフォーク、ニューミュージックなんて音楽室で弾いたり歌ったりしたら、職員室から音楽の先生がすっ飛んで来ますからcatfacesweat02

ま、叱られても、結局は、また、目を盗んで弾いちゃうんですけどね~。

最初は、聞こえないよう、こっそり弱音で弾いたり歌ったりするんですが、そのうちエキサイトして鍵盤叩きまくって大声になりバレる、と...(笑)

ドアに見張りを立てて、廊下の先に先生が見えると、「先生が来た!」と教えてもらい、何事もなかったかのように、合唱曲を弾いてみんなに歌わせたり、とか...。先生に「今、他の曲弾いてたでしょ?!」と言われても、「弾いてません!歌ってません!」と、ひたすらしらを切り...bleah

懐かしい中学時代です(笑)

当時、何ていう音楽雑誌か雑誌名を忘れてしまったのですが、スコア譜とかピアノの弾き語り譜などが付録で付いてましてね、それを切り取って大事にスクラップしておいたのですが、原田真二の曲もありました。中でも『タイム・トラベル』のピアノ弾き語り譜は名アレンジだったんですよ~shine

『タイム・トラベル』には、もう1つ思い出があります。

高校の時に組んでいたバンドでやったんです。この時は、ギターのコがボーカルで、私はピアノを弾きました。私は完コピーが出来なかったので、例の譜面が、すごーく役に立ってくれましたよ。でも、仲間からも絶賛されるほど、良いアレンジでした。私もすごく気に入っていたし、中学のときから弾き込んでもいたので、かなりノリノリで弾きました。当時のテープを聴くと、自分でもホレボレするくらいノリノリでイイ音出しているんです。ピアノの発表会で、あんなにイイ音出してたことはなかったのになぁ...(笑)

同じ頃の思い出の曲をもう1つ。

異邦人 / 久保田早紀

『異邦人』は、私が初めて人前で歌った曲なんですkaraoke
言うなれば、デビュー曲?(笑)

中3のときのことです。卒業を前に、「3年生を送る会」というのがありましてね、下級生が歌ったり演技したり語ったりして、先輩の卒業をお祝いしてくれる会なのですが、3年生からも何組か代表が選ばれて、メッセージや歌を贈るわけです。

友人と3人で立候補しました。またとないチャンスだものlovely
前年にね、やはり中3の先輩が、「あんたのバラード」を披露してくれて、エラいカッコ良かったんですわ。もー、体育館が「キャーキャー」黄色い声で沸いちゃった(笑)
で、その時誓ったわけです。「私たちも卒業するときは歌おうね!」と。当時の私の夢は「ミュージシャンになる!」でしたしsmile
先生には、ギリギリまで、何を歌うのかは明かしませんでした。適当に「合唱やりまーす♪」とかお茶を濁す感じで(笑)

(1)『セプテンバー/竹内まりや』 歌:Aちゃん ピアノ:私
(2)『なごり雪/イルカ』 歌&エレクトーン:Cちゃん ピアノ:私
(3)『異邦人/久保田早紀』 ピアノ弾き語り:私

卒業を控えた先輩から後輩へ贈る歌で、「卒業」に絡んでいたのは、Cちゃんの『なごり雪』だけ...「後輩へ贈る」は名目で、とにかく歌いたかった!聞いて欲しかった!なんかやらずにはいられなかった、若い私たち...でしたshinevirgoshinevirgoshinevirgo

今日は、クシネ中学時代の懐かしのメロディのおはなしnotes
みなさんの懐かしのメロディは、何ですか?wink


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※私の高校時代のバンドのエピソードをご存知ない方は、こちら↓をどうぞ~

◆バンドの話(その1)
◆バンドの話(その2)
◆バンドの話(その後)

でも、すごく長いので、どうぞお暇なときにcoldsweats01

 

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2011年10月19日 (水)

マンモちゃんのイタイ思い出

私が初めてマンモグラフィを受けたのは、2009年のことでしたが、今日はそのときのお話を。

もしかして、もう書いたかなー?とも思うんだけど、書いてないような気もするし、知ってるよ~という方は、どうぞもう一度読んでやって下さいcoldsweats01


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テレビで見てから、ずっと気になっていたマンモグラフィ。
機会があれば受けてみたいと思っていた。

私はいつも旦那の会社の健保で、健診を受けているのだが、オプションで婦人科検診を申し込むと、子宮頸がん検診と乳がん検診が受けられる。会場は健保の検診センターで、都内にある。

乳がん検診は、視触診と超音波検査だった。

2007年もそのつもりでいたら、検査会場で説明を受けた。
「来期からマンモグラフィもプラスする予定なのですが、今期は試験的に希望者のみ、無料で行わせていただきますが、いかがですか?」と。

即行で手を挙げたpaper

その時、会場にはそこそこの数の女性がいたのだが、挙手をしたのは私を入れて3人くらいしかいなかった。

みなさん、興味はあれども「痛い」という噂に怖気づいてしまったか...

私は、と言えば、「痛い」なんていうことは、頭の中からすっかりぶっ飛んでしまっていた。

それよりも、なによりも、好奇心が勝ってしまった(笑)

まだ身近で受けたことのある人は1人もいなくて、真っ先に経験出来たら、ちょっと自慢出来ちゃうかも?なんて思ったりsmile
(スミマセン...不謹慎な性格で...)

実はワタシ、「まだ誰も...」とかいう言葉に弱いcoldsweats01

「じゃあ、ワタシが真っ先にlovely」とか思っちゃう...子どもの頃からそう...

...というわけで、目出度く念願のマンモちゃんが受けられることになった私。ウキウキワクワクしながら、待合室で待つnotes

『はたして、貧相な私の乳でもちゃんと伸びるのだろうか?!』

『伸びた乳は、どんなふになるのか?!』

『どんだけ伸びるんだろう?!すげー、伸びたりして?!』

などなど、妄想は膨らむばかりlovely

おかげで、待ち時間も苦にならずに過ごせた。おめでたい性格だわcatface


検査室に通されると、若い女性スタッフさんから説明が。未体験ゾーンなので、説明を聞いてもわかるような、わからないような?まずは、やっらもらわないとって感じ。

ちっこい胸なんでね、ぐいぃ~~~っと集めて台に乗せてもらって、スタッフの方はキコキコキコとベダルを踏んで、挟んでいきます。

ちょっとずつちょっとずつ圧を加えて、何度も何度も「痛くないですか?」と聞かれるも、これが、また、想像していたよりも痛くなく、「もう少しイケますか?大丈夫ですか?」と聞かれても、「全然OKでっす♪」っていう感じsmilescissors

『今、私の乳、挟まれてる?!うひゃー♪』と、何気に感激happy02heart04

「動かないで下さいね~」と言われているにもかかわらず、今、自分の胸がどんなふうになっているのか、どうしても見たくて、ちょっと顔を動かして、胸元を覗く...すると...

スッポーンsign03

せっかく挟んだ乳が、見事に抜けてしまったcoldsweats01

「あらら~...抜けちゃいましたねぇ...」とスタッフさん。

「ごめんなさいsign03」と謝る私。

再び、集めて集めて挟んで~...

「ハイ、撮りますよ~...」

スッポ~~~ンsign03

ちょっと下を見るくらいなら大丈夫かも?と思った私、目だけ動かしたつもりでも、そんな些細な動きでも、簡単に抜けてしまうのにはびっくりcoldsweats01

「...クシネさ~~~んcatface

スタッフさんに呆れられつつ、再々度挑戦。

「動かないで下さいねsign03」と念を押される。

「わかりました~happy01」とニコやかに返事をしつつ、横目でチラッと見ようとしたら...

スポッsign03

やっぱり抜けてしまったのであったcoldsweats01

スタッフの方も、まさか3度も同じことを繰り返すとは思わなかったのであろう。爆笑された。

「スミマセン...自分の乳がどうなっているのか、どうしても見たくてbearingsweat01

「お気持ちはわかりますが、たぶん見られないと思いますので諦めてください。」と諭される。

さすがの私も申し訳なくて、4度目に挑戦する気にはなれなかったcoldsweats01

クシネの挑戦、失敗に終わるshock

豊満な胸の方なら、かなり広がると思うので、ひょっとしたら視線に入るのかも知れないけれど、私程度の胸では難しいらしい、ということを学習。

帰宅後、各所にメールし、「マンモグラフィ受けたんだけど、挟まった胸は見えなくて残念だった!」と報告すると、「え...?!見ようとしたワケ?」と呆れられた。とほほcatface

良いコのみなさんは、真似しないようにネsweat01

過ぎたる好奇心は身を滅ぼす、というおはなしcoldsweats01



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初めてのときだから、そんな不謹慎極まりないこともしてしまった私ですが、それ以来は、自分の挟まれた胸を見ようなんていう不埒な気持ちは起こさずに、おとなしく検査を受けています。(それが当たり前だっちゅーの!)

「痛い」という感覚は個人差があって、私が痛くなかったからと言って、他の方もそうとは限らず、痛い方は冷汗が出るほど痛いと言いますし、そんな話を聞くと躊躇される方も多いでしょう。

でも、もし受ける機会があるならば、受けていただきたいなぁと思います。

「受ける機会がある」

...ということは、あなたにとって「受け時」だから訪れたチャンスだと思うからconfident

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2011年4月 7日 (木)

桜の季節になると思い出す...

東京都の桜が満開になったとのこと。埼玉県南部の我が家の辺りも、満開に近いcherryblossom

日本に生まれて良かったなぁと実感するのは、「桜を見たとき」が一番かも知れないconfident

そして、イタイ思い出も心に湧き上がるcoldsweats01



28歳の春のこと。

いつも一緒につるんでいた、女3人男1人の4人グループで、埼玉県では桜の名所と有名な大宮公園へ、夜桜見物に行った。

公園では、本格的にお花見するつもりはなく、缶ビール1本ずつで乾杯して、小一時間程度で切り上げて、居酒屋へ場所を移すつもりでいた。

持参した広告をお尻に敷いて、4人で腰掛けて乾杯する。アッと言う間に、缶ビールも空く。さて、そろそろ場所を移そうかね、と言うときに、知らないひとから声をかけられた。

「良かったら、こっちで一緒に飲みませんか?」

私たちの場所から、少し離れた場所に、発電機持参で、照明とコタツを設置した、おじさまグループが宴会をしていた。でも、カラオケとかはなくて、変に騒ぐひともいなくて、楽しそうだった。

せっかく声をかけていただいたのだから、少しだけご相伴に預からせていただきましょうかね、なんて、遠慮なくお誘いに甘えることにしたbottlebeer

実は、他のグループから誘われるのは、そのときだけの話ではない。

仲良しグループにたった1人の男子、彼は、女3人の中のAちゃんの彼氏だったのだが、私たち女子よりも年下で、素直でとってもイイコで、年上の男性からもすごくかわいがられるタイプだったので、そのコが居ると、居酒屋で飲んでいても、お隣のおじさまグループから声をかけられて誘われることがよくあった。

女が3人だから誘われるんでしょう?と思うかも知れないが、残念ながら、それはない。だって、その男子がいないときに、誘われたことはないんだもの(笑)

さて、お花見の話に戻しましょう。

おじさまたちは、会社の同僚とのお花見会だそうで、ほとんどが私たちの父親と言ってもいいくらいの年齢で、中にチラホラ若い男性も居た。

参加出来なかった人が何人か居るので、と、おつまみの折り詰め(一人一個の割り当てだった)まで、出していただいた。ビールは瓶。瓶を見たときに、なんとな~く、イヤな予感がしたんだよなぁ...coldsweats01

みなさん、とても感じがよくて、バカ騒ぎするひともいないし、会話もはずんで、すごく楽しかった。紙コップに注がれるがままに、ビールを飲みまくった。ちゃんと自分では、飲んだ分量を計算しているつもりだったのだが...酔っ払いの計算なんて、そもそもあてにならない。

ちゃんと歩いているつもりが千鳥足。
よろよろと、トイレに向かうと、手前の静かなゾーンに、桜を見上げる一匹の秋田犬が居た。飼い主さんのご主人さまと奥さまと一緒に、静かに桜を愛でていた。

美しい光景だった。

私は、しばし目を奪われた。

秋田犬が、桜を、とても愛しているのが伝わって来た。

涙が出そうになるくらい、美しい秋田犬の横顔だった。


普段の私なら、そっとその場を離れるはず。なのに、酔っ払いの私は、よろよろと、その秋田犬のところへ向かってしまったcoldsweats02

頭の中では理性のある私が必死で引き止めているのに、酔っ払いの私の体は、言うことを聞いてくれないshock

飼い主さんに、「かわいいワンちゃんですね。桜、好きなんですね。」と話かける。

「そうなんですよ。毎年必ず、この季節になると、お散歩のついでに観に来るんです。女の子なんですよ。」と、飼い主さん。

酔っ払ってる私の様子に気付いたのか、腰を浮かせつつ、秋田犬に向かって、「そろそろ帰ろうか?」と話しかける飼い主さん。

秋田犬の横に、どっこいしょと座り、「ナデナデさせてもらってもいいですか?」と尋ねる私。

渋々「...いいですよ。」と答える飼い主さん。

私にナデナデされながら、横目で、飼い主さんの様子を伺う秋田犬...私が酔っ払っていて危険であるということを察知していたのだろうかcoldsweats01

ナデナデしているうちに、かわいくて、ムラムラして来てしまった私。ナデナデだけでは、どーにもこーにも押さえられなくなり、とうとう、秋田犬の首ったまに、両手で抱きついて、「かわいーい!!!」を連発する。

びっくりして、「キューン...」と鳴く秋田犬。

困り顔の飼い主さん。

頭の中で、理性のある私が必死に止めるているのに、言うことを聞けない私は、その秋田犬がかわいくてかわいくてどうしようもなくなって、とうとう彼女の顔中を、「ベーロベーロ」と嘗め回してしまった...shock

秋田犬の「キューン!!!」は、悲鳴のような声に変わり、飼い主さんに必死で助けを求めていた。たぶん、彼女の目には、涙すら浮かんでいたかも知れない...。

飼い主さんに、促され、ようやく離れる酔っ払いの私。

秋田犬と飼い主さんは、猛スピードで私から離れて行った...dash

頭の中の私も、酔っ払っていたら良かったのに、妙に理性的な自分がいて、酔っ払った自分を冷めた目で観察していたので、自分の失態を、よーーーーーーーーく覚えている。

困り果てて、泣きそうになっていた、秋田犬の顔も...despair

帰り道、私は、「かわいいワンちゃんだったねlovely」と言いながら、泣いていた。秋田犬に申し訳なくて、飼い主さんにも申し訳なくて、自分の失態が恥ずかしくてcrying

桜を見ると思い出す。

あの秋田犬の横顔を...

お花見が嫌いになってしまったかも...と思うと、申し訳なさでいっぱいになるbearingsweat01



最後に。

お花見とは、全然関係ないけれど、斉藤和義さん、すばらしいねlovely

『ずっとウソだった』

※動画の削除、されまくっているようなので、ここのリンクもいつ切れるかわかりませんので、興味のある方は、どうぞお早めにconfident

斉藤和義さんは、明日、USTREAM をやるそうですね。
『空に星が綺麗』 4月8日(金)20:00~の予定だそうです。

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2011年1月28日 (金)

はじまりは「てん」でした

今朝方、のんちゃんの夢を見たconfidentheart02

今回は、夢の内容もよく覚えていて、とっても楽しい夢だったnotes
のんちゃんと猫娘たちが一緒に出て来たのだ。こんなことは初めてだったので、夢の中でもテンション上がってる風な私だった(笑)

のんちゃん以外にも、シルバミ(シルバーミット)っぽいフェレちゃんも一匹一緒に出て来た。のんちゃんの友だちかな?どこかで逢ったことがあるような気がするような...?
鳥たちもたくさん出て来た。カラスさんも出て来て、のんちゃんがつつかれそうになって慌てて抱き上げたら、どうやらカラス流甘噛み(甘つつき?)だったようで、その後、仲良く遊んでいたhappy01

家の中だけでなく、外も出入り自由で、大きな水溜りが2つあって、のんちゃんと、シルバミっぽいフェレちゃんは、水溜りで遊んでドロドロになって、濡れるとクネクネとあらゆるものに体をこすりつけるフェレなので、泥や砂や芝生なんかが、体中に付いちゃって大変なことにsweat01
その体で、猫娘たちを追いかけるので、猫娘たちは慌てて逃げまくるし、鳥たちも大騒ぎするし、すごく賑やかで、でも楽しい夢だったhappy02notes

あまりに楽しかったので、寝ている旦那をわざわざ起こして、「ねーねー!のんちゃんの夢を見て楽しかったんだよ~notes」と語って聞かせたけれども、旦那はきっと寝ぼけていて覚えていないだろうなぁ...(笑)


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私が、のんちゃんと出逢ったのは、1996年11月のこと。
(→7/8 『のんちゃんとの出会い』

世の中には、たくさんの動物たちが居るのに、何故にワンちゃんやネコちゃんではなく、フェレットだったのか、それにはちょっとしたきっかけがある。

1994年の元旦から4泊5日で、私は、福島県の『磐梯桧原湖畔ホテル』 に行った。
(残念ながら、今の旦那とではなく、二番目の旦那と...gawk
目的はスキーだったのだが、私はスキーが出来ない。出来ないから嫌いだ。でも、雪国生まれなので雪は大好き、雪のある場所へ行くのも大好き。一日中でも雪の上を転げまわっていたいほどの雪好きsmile

そんなワケなので、二番目の旦那がスキーをやってるときは、私はスキー場でブラブラしてたり、宿の庭でブラブラしたりしてたわけなのだが、あるとき、宿の駐車場で私が雪だるまを作っていたら、誰かの視線を感じた。振り向くとそこには、雪の中からひょっこりと顔をもたげた、見たことのない動物が居たeye

たぬきを細長くしたみたいな風体で、目は大きく黒々としていて、丸顔で、とにかくかわいかったlovely
「だーれ?」と尋ねてみたけれど、当然のことながら、答えちゃくれなかったcoldsweats01

しばし見詰め合う、謎の動物と私。

すると、いきなり雪の中に、スポン!と戻ってしまったcoldsweats02

慌ててその場所まで行くと、そこには、ひょろ長い穴が開いていて、でも、中はからっぽだった。がっかりして、また雪だるま作りに励んでいると、さっきのコが、今度は違う場所から、ひょこっと顔を出したup

再び見詰め合う、謎の動物と私。

穴にスポン!と戻る→追いかける→いない→他の場所から飛び出す→追いかける→スポン!→追いかける→スポン...(略)を、かれこれ30分ほど繰り返し、すっごく楽しい時間を過ごさせてもらったhappy02notes

その後、駐車場に車が何台も入って来てしまったので、謎の動物はどこかへ行ってしまったようだった。後で、足跡を見つけたのだが、足跡も見たことのないものだった...。

私は、その動物のことが忘れられなくなってしまった。とにかく、かわいかったのだ。ひと目惚れしちゃったのだheart

宿のフロントへ飛んで行って、謎の動物について尋ねると、宿のひとは、「ああ、あのコはですねhappy01heart04」と説明してくれた。

そのコは、野生の「てん」だった。

冬場、エサに困ると、宿の厨房にやって来るようになったのだと、宿の方はおっしゃっていた。好物は、唐揚げなんですよ、とも(笑)
スタッフには、心を許しているので、よく姿を見せるが、お客さんで見ることが出来るのは珍しく、とてもラッキーでしたね!とも...。リップサービスだったのかも知れないけれど、嬉しかったconfidentheart04

「てん」や「オコジョ」は、名前は知っていたし、本などでも見たことがあったかも知れないけれど、実際に逢うのとは大違いで、目の前に現れた野性のてんは、眩しいくらいに輝いていて、言葉にしつくせないほどかわいかった...。それから、私は、てんの写真集を買ってみたり、図書館でてんについての本を借りてみたり、内心では、「てんって飼えないのかな?!」などと、とんでもないことを妄想してみたりしたcoldsweats01

その後、しばらくしてから、私は『笑っていいとも』で、野村獣医師が連れた「てん」そっくりな動物「フェレット」を観て、「そうか...フェレットなら飼えるんだ...しめしめsmile」と思うようになったのだった。だから、晴れていつかフェレットをお迎えしたら、名前は「てん」にしようと決めていた。実際は、のんちゃんを抱いたとき、天から声が降りて来て、「のんちゃん」になったのだけれどもwink

もしかしたら、桧原湖のほとりで出逢ったあのてんは、のんちゃんだったかも知れないなぁ...なんて、ときどき妄想してみたりするconfident
人魚姫じゃないけれど、あの時出逢ったてんが、フェレットに姿を変え、逢いに来てくれたのかも...なーんてheart

おとーしゃんにダッコされて甘え顔の のんちゃんheart04(2002年9月撮影)
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衣裳ケースのはしっこに捕まって二足立ちheart04(2002年9月撮影)
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いつもこんなふうに下から見上げるの...かわい過ぎるhappy02heart04(2002年9月撮影)
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いずれも、HPに載せてたおさしん。アナログの一眼レフのカメラを買ったばかりで、二人で調子にノッて何枚も撮りまくったので、のんちゃんのおさしんは、たぶん5000枚くらいある(笑)
8年間、HPに写真を載せ続けても、まだ、在庫あるくらいだからscissors
私にとっての写真は、大切な「記録」なので、必ず日付を入れるようにしている。ひと目見ただけで、「いつの写真」だってことがわかるのは、私にとってすごく大事なことだからconfidentheart04

それにしても、のんちゃん、かわいいなぁ...
君はなんてかわいいのだsign03
かわい過ぎて、愛し過ぎて、泣けて来る...

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2011年1月18日 (火)

久々の動画です♪

今日は久々に、猫娘たちの動画をmovie
それも、ちびすけの頃の動画。
ちっちゃな頃は、アッと言う間に過ぎちゃうので、なんだか「コレって、どこのコ~?!」っていう感じcoldsweats02
今や4キロの猫娘たちに、こんなちっちゃな時期があったなんて、信じられないような気分がする...(笑)

2009年7月20日撮影。
保護してから10日後の、猫娘たちのへなちょこバトルcatpunchcat

保護したばかりの頃は、ほんのちょっとだけ、おねいちゃんの方が大きくて、体重も10gほど重かったけど、バトルは、圧倒的にチビちゃんの方が強かったっけ。
半年後には、おねいちゃんの方がふたまわりくらい大きくなっちゃったので、おねいちゃんの方が強くなっちゃった。でも、気持ちだけは、今でもチビちゃんも負けてないwink

バトルしながら、気付くとその場で野良寝していた猫娘たち(笑)
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よく見ると...
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チビちゃんは、おねいちゃんを噛んだまま(爆)

ちびすけの頃は、寝返りを打つのも盛ん。
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最終的には、こんなカッコに...
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チビちゃん、おねいちゃんに蹴られてるし(爆)
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それにしても...ちっちゃかったなぁ...gawk


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本日、体調良好scissors
旦那へのバレンタインデーのチョコ、ヤクルトさんに注文。届くの楽しみ~heart

今日も、お寒ぅございますねbearing
みなさん、あったかくして、ごゆるりと、夜をお過ごしくださいネnight

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2010年12月16日 (木)

ハキハキと寝言を言う女

私は寝言をハッキリしゃべるらしい。
「らしい」というのは、自分じゃ自分の寝言のことはわからないからgawk
しかも、今の旦那と結婚するまで知らなかったsign03
前の2人の旦那は、そんなこと言ってなかったから。
今の旦那と結婚してから、ハッキリしゃべるようになったのかsign02

でも、たった一度だけ、自分がハッキリ寝言をしゃべった声を聞いたことがある。
しかも電車内でcoldsweats01

旦那と結婚してからしばらくの間、私は、以前住んでいたところから、だいぶ離れてしまったので、片道2時間近くかけて、会社に通うハメになってしまっていた。
行き帰りの電車内は、寝不足解消にちょうど良く、座れれば必ずグースカ寝ていたsleepy

ある夏の日の夕方。その日は木曜で、金曜の夜は旦那と仕事帰りに待ち合わせをして、焼肉へ行くことになっていた。

「ああ、あと一日頑張れば、焼肉が食べられるぞ~lovely

「カルビでしょ、ハラミでしょ、タン塩でしょ...」

...と、焼肉のことを考えながら電車に揺られているうちに、ウトウトしてしまった私。

その私の耳に、誰かの声が響き渡った。

「あぁ~~~美味しかったsign03lovely」と。

私は、ハッsign03として、目を覚ました。

アレは誰かの声ではなく、自分自身の声だったとすぐに気付いたflair
かなりの大声だったshock
しかも私は、口まで「もぐもぐもぐdelicious」と動かしてしまっていたcoldsweats01

もぐもぐもぐをした後で、「あ~~~美味しかったsign03」と大声でしゃべってしまったのだった...

幸いにも電車は空いていたけれども、目の前の座席に座った母子連れは、ニコニコ笑っていた。隣の紳士は、何故か遠くを見ていた。

私は再び目を瞑って、終点まで狸寝入りをするしかなかったcoldsweats01

どんだけ食いしん坊なんだ、私sign02

.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.

2008年の春から、2009年に猫娘たちを保護するまで、私は毎晩のように、寝言で旦那と会話していたそうだ。自分じゃ全然覚えていなくて、朝起きて旦那から、「昨日はこんなことしゃべってたよ~。」と教えてもらうのが、不思議で楽しかったhappy01notes

私は、決まって、クリちゃんという名前の9歳の女の子で、とっとこの森という森に、のんちゃんと、ワーナビという名前のワニと、一緒に暮らしていると言っていたそうだ。
「栗好きだから」、クリちゃん。夢の中でも、単純明快なワタシ(笑)

とっとこは、白い大きな鶏で、大き過ぎて、頭のてっぺんは雲に隠れちゃって、クリちゃんには、とっとこの足先しか見えなかったらしい。

他にも、ヤマトという名前のカッパの女の子が友だちだったり、キウリリという名前の花が咲いていたり、アウトスという名前の神さまがいたり(そうそう、とっとこという白い鶏は、神さまのような存在らしい。)、毎回毎回、随分とバラエティに富んだ会話をしていたようだ。
旦那は、クリちゃんから、「おじさん」って呼ばれていたらしい(笑)
リアルでは、うちの旦那、私よりも7つも年下だって言うのに(笑)

寝言、と言うよりは、私はたぶんその時夢の中に居て、夢の中から旦那と会話していたのだろうなぁ...。

もともと、私は毎日のように夢を見るひとで、しかも、夢の内容を目が覚めてからもよく覚えていたというのに、なぜか、とっとこの森で過ごしたことは、何ひとつ覚えていなくて、旦那が聞き出してくれたことがすべてだった。メモに書き残してくれていて、今、読み返してみても、すごく面白いheart

猫娘たちをお迎えしてから、私は育猫に追われ、毎日ヘトヘトになるまで体力を使い果たしてしまっていたので、夢を見なくなってしまった。一年以上経った今でも、布団に入るとバタンキューで、やっぱり時々しか夢は見ない。

旦那が、幾ら話しかけても、クリちゃんが返事をすることはないのだそうだ...。

またいつか私も、とっとこの森へ帰れるだろうか?

今、ふと無意識に、「帰れる」と言ってしまったことに、自分でも驚いている。
あそこは、もしかすると、私の魂のふるさとなのかも知れないconfidentheart

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明日の夜から、友だちが泊まりに来て、クリスマスパーティですxmas
日曜も実家へ行くし、たぶん月曜まで、お目にかかれないと思いますが、みなさんも、どうぞ楽しい金土日をお過ごしくださいねwinkheart04

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2010年12月11日 (土)

レイクタウンdeお食事会

今日は、フェレ友さんのだれぱんださん&KASUGAMOさん夫妻とうちの旦那と4人、越谷のレイクタウンでお食事会だったrestaurant

だれぱんださんとKASUGAMOさんとは、かれこれ8年ちょっとのお付き合い。うちのHPに、友人関係ではなく訪れてくれた二番目のひとだったheart(一番目はフェーブさんheart
縁結びは、フェーブさんで、だれぱんださんと私は、フェーブさんのHPで顔見知りとなり、それをきっかけにうちのHPを訪ねてくれたのだった。懐かしいなぁ~confidentheart04

当時、フェレ飼いの間では有名な「たまいたち」というフェレット専門店がにこたま(二子玉川)にあり、よく、オフ会の会場になっていた。春には「はるたま」、秋には「あきたま」というイベントもあり、イベントに便乗して、会場のあちこちでオフ会が開かれていたっけ。
だれぱんださんと私も、たまいたちで初めて対面を果たしたvirgonotesvirgo

※「たまいたち」は、にこ「たま」にある「いたち」専門店ということで、「たまいたち」。「かまいたち」にもかけていると思われる。2005年に惜しまれつつ閉店。今は、ペットガーデン日吉店内で「たまいたちプチ」という名前で営業中。

我が家にもよく遊びに来てくれて、のんちゃんもたくさん遊んでもらったheart04
骨壷のんちゃんのおでかけ用袋を作ってくれたのも彼女だ。亡くなってからも、のんちゃん、いっぱいかわいがってもらっているheart

内袋
2010121102

外袋
2010121103

彼女のお家には、Mシュナが二匹とフェレちゃんが一匹いるhappy01
知り合った当時、若いカップルだった二人も、今はベテラン夫婦だもんなぁ...。私も歳を取るわけだ(笑)

夕方の5時半頃、レイクタウンのペットショップで待ち合わせをして、向かった先は、『ロテルドビュッフェ』

ボーナス後だったせいか、夜のレイクタウンは意外と混んでいて、ロテルドブッフュの前にも少し列が出来ていたけど、15分くらい待ってすぐに入れたhappy01

和洋中、さまざまなお料理と、チョコレートファウンテンが有名なビュッフェ。そのせいか、親子連れが多かったかな~。

1皿目は軽くおつまみ系とサラダをrestaurant
2010121101

2皿目は写真撮り忘れちゃったけど、パスタ2種とドリアなど主食系をいただいた。

以前なら、軽く4皿、デザートもおかわりしたものだったが、今日は、2皿でギブアップしてしまったcoldsweats01
デザートもチョコレートファウンテンで、マシュマロ、プチシュー、バナナを食べてギブアップwobbly

KASUGAMOさんは、私よりもだいぶ年下なので、軽く5皿+ご飯とお味噌汁、チョコレートファウンテンをたいらげるという豪快な食べっぷり(笑)
若いってすごいわ~lovely

もう私の年齢では、ビュッフェは無理なのかもね~(笑)

その後、館内をブラブラしながら、一番奥のペットショップ『PECOS』 へ行き、またブラブラしながら駅方面へと戻り、本日はお開きに。

だれぱんださん、KASUGAMOさん、今日はどうもありがとね~happy01heart04

次回は新年会で我が家に来てネwink

お二人からディズのお土産をもらったpresent
2010121104

プーさんのカタチをしたかわいいクッキーheartどうもありがとうheart04

.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.

彼女たちとの待ち合わせの前に、私は一人で実家へ行って来た。親父は、まぁまぁ元気だけど、具合が悪くて動けなかった時期が3ヶ月ほど続いたので、体力や筋力がすっかり衰えて、歩くのがちょっとしんどそうになってしまった。寒くなってしまったので、また外へ出る機会が減ってしまうから、更なる衰えが心配だけど、部屋の中で出来る運動を、ちょっとずつ頑張ってはいるみたい。冬になったばかりで、冬も楽しまないうちになんだけど、正直、早く春が来ないかなぁと思うconfident

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2010年11月20日 (土)

今日はのんちゃんのお迎え記念日(改)

(この記事は、11/23に書き直したものです。)

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今日は、のんちゃんのお迎え記念日shine
1996年11月20日に、のんちゃんと私は出会ったheart02

のんちゃんとの出会いのエピソードは、「7/8の日記」confidentheart04
※悲しいエピソードはありませんので、安心して読んでいただけたらと思います。

そんな大切な日だというのに、私は風邪を引いて熱を出し、寝込んでしまったという...shock

うわーん!私のバカバカバカcrying

毎年、のんちゃんの命日とお迎え記念日には、バナナのケーキを焼いてお供えしているのだが、今年は焼けなかったweep

その分、クリスマスに頑張って、ゴージャスなバナナケーキを焼こうと思うsign03(←宣言)
のんちゃん、待っててねーーーーーっsign03

...というわけで、今日は記念日を記念して、のんちゃんの動画7連発happy02notes

フェレ飼いさんには、

「うちも同じだーーーーーっsign03happy02heart04」と思って観ていただけたら嬉しいし、

動くフェレットを見たことのない方には、

「おーーーっ!これがフェレットかーflair」と思って観ていただけたらコレ幸いlovely

いずれにしても大変かわいいこと間違いナシsmile←親バカ発言(笑)

でも、HP時代からのお付き合いの方にとっては、「もう観たよ」作品ばかりなので、ごめんなさーいsweat01

では、のんちゃん劇場のはじまりはじまり~~~movie

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bananaのんちゃんのお米とぎ

2003年3月10日撮影。

のんちゃんはお米をとぐのが得意。シャッシャカシャッシャカとじょうずにとぎます。止めないと、いつまでもといでます(笑)
フェレは土を掘ってネズミやモグラを獲ったりするので、ああいう細長く手足の短い体型をしているそうなので、お米とぎも、土堀の名残りだと思う。掘りモノは大好きで、トイレの猫砂も掘りまくって全て掻き出してしまって、肝心のトイレの中には砂が残ってない、というような状況に陥りがちだったので、うちでは猫砂は使わず、トイレシートを使っていました。トイレシートも掘るけどね~coldsweats01

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

bananaのんちゃんの入浴シ~ン

2003年3月21日撮影。

のんちゃんは洗面所で入浴していた。大きさもちょうど良かったし。水遊びは好きなのだが、シャワーはあまり好きではなくて、うっかり「今日はシャワシャワしようか?」なんて言った日にゃ~、一日中狸寝入りを決め込むので、シャワー出来ないことも多々あり...。だって無理矢理起してシャワーなんて、かわいそうでしょ?なので、シャワーはいつもいきなりにbleah

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bananaのんちゃんのアトズサリとダッシュ

2003年4月29日撮影。

フェレ特有のアトズサリとダッシュ。ぴょこぴょこしててかわいいでしょう?興奮すると、こういうぴょこぴょこダンス(通称:クックルダンス)を踊って、「シャーッ!」となって部屋中を走り回る。すごい勢いだし、若い頃は疲れ知らずで、付き合う旦那と私がヘトヘトに(笑)

クックルダンスは、本当の名称は、ウィーズルダンスと言い、フェレはペットなので、主に遊びたいとき、興奮したときにこのダンスを踊りますが、野生のイタチ(フェレットは野生のヨーロッパケナガイタチをペット化・家畜化した)にとってのウィーズルダンスは、狩りの踊りで、獲物の前でこの意味不明な不思議なダンスを踊って、獲物を幻惑して捕らえるそうです。幻惑って言うか、驚かせるって言うか、確かにいきなりへんてこなダンスを踊られたら、うさぎもネズミもびっくりってヤツでしょうか?私だったらその隙に逃げちゃうけど(笑)

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

banana爆睡中にピクピク

2003年8月8日撮影。

フェレはこんなふうに、爆睡中に手足がピクピク動くことがあります。フェレ飼いさんなら誰でも思い当たると思うのですが、慣れないうちは、結構びっくりします。発作みたいに見えるので。フェレの爆睡にもびっくりで、本当の本当に爆睡してしまいます。よほどのことじゃ目覚めないので、これもまた慣れないうちには、結構慌てます。こんなに爆睡してしまっては、野生では早々と天敵に襲われてしまうだろうなぁ...と心配になりますが、野生のイタチはどうなんだろう...たぶん、そんなことはナイと思うのですが。ペット化されたフェレならではの習性なのではないかしら。いつか動物博士に聞いてみたいです。
慣れるととても面白くかわいいしぐさなので、飼い主は爆睡中のピクピクには、弱いです。何時間でもずーっと見てたりします(笑)

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banana呼びかけるとこっちを向くのんちゃん

2003年10月11日撮影。

「のんちゃーん♪」と呼びかけると、顔を上げてこっちを向きます。よく「フェレットってコミュニケーション取れるの?」と尋ねられることがありますが、ハイ、しっかり取れますwink
色んな言葉を理解していて、おりこうさんなんですよ~♪のんちゃんは、前出の「シャワシャワ」が、「洗面所で洗われる嫌いな作業」だと理解してましたし、自分の好物が「バナナ」という名前であることも理解していました。どんなに遠くに居ても、押入れの中で寝ていても、小声でささやくように「バナナ」と言っても、すっ飛んで来ます(笑)
おとーしゃん、おかーしゃん、という言葉も理解していて、「もうすぐおとーしゃんが帰って来るよ。」と教えてあげると、玄関前まで行って待っていました。玄関で待っててくれると嬉しいですよね!玄関開けたとたんに、メロメロです(笑)

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

bananaバナナを追いかけるのんちゃん

2004年3月28日撮影。

大好きなバナナを追いかけて必死で走るのんちゃん(笑)
寝起きでも、昼寝中でも、ご飯中でも、遊び中でも、バナナまっしぐら。のんちゃんは、他のオヤツには(フェレ専用オヤツもある)一切見向きもしませんでしたが、バナナだけは大好きで、バナナを食べていると嬉しくて涙が出ちゃうくらい好きでした(笑)
先祖のヨーロッパケナガイイタチは、ヨーロッパですから、野生で暮らしていても、バナナを食べる機会は、たぶんなかったと思うので、不思議ですよね...。
バナナスキーなフェレットは意外に多いです。全体的にフルーツ好きなフェレットは多く、他には、リンゴ、キウイ、ブドウ、桃、柿などを食べたというような話も聞きます。のんちゃんは、バナナだけしか食べませんでしたが。ただ、あげ過ぎは不健康のモトなので、欲しがらない場合は、無理にあげる必要はないと私は思っています。のんちゃんもバナナは一日1cmと決めてあげていました。ちょっとずつちぎってあげると、沢山食べたような気持ちになるでしょう?wink

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

banana顔を洗うのんちゃん

2004年4月17日撮影。

最後の動画は、のんちゃんの顔洗い。猫の顔洗いもかわいいですが、フェレの顔洗いもかわいいんですよ~。両手で洗っちゃいますからー♪wink
短い前足で、一生懸命、耳の後ろまでグルーミングします。猫のように、頻繁に毛づくろいすることはあまりありませんが、大体寝起き一発目には、こんなふうに顔を洗います。ねぼけた顔がかわいくて、やはり飼い主が釘付けになるしぐさの1つですhappy02heart04
フェレは毛づくろいする動物なので、換毛のシーズンにはラクサトーンなどをあげて、毛玉の排出を促します。肉食獣同士でもありますので、猫と共通する部分の多い動物で、必要な栄養素も、フェレと猫はほとんど同じです。ただし、不思議なのは、罹る病気は猫ではなく犬と同じで、ジステンパーとフィラリアのお薬は必須です。

のんちゃん劇場、いかがでしたか?楽しんでいただけましたでしょうか?wink

途中、私の声も入っていますが、自分でもびっくりするくらいの猫撫で声フェレ撫で声です(笑)
どんなに好きなオトコにも、こんな甘々な声で話しかけたことはありませんよ(爆)
後にも先にも、私がこんな声を出すのは、のんちゃんにのみです。ああ、私って、とことんのんちゃんのことが、大好きなんだなぁって改めて思った次第confidentheart02

亡くなってからしばらくの間は、動画が観られませんでした。逢いたくて切なくなるので...。最近になって、やっと落ち着いた気持ちで観られるようになりました。泣いちゃいますけどねbleah

でも、動画を撮っておいて良かったと心から思います。文明の進化にひたすら感謝感謝です。のんちゃんがチビスケの頃は、まだデジカメが出始めたばかりで、すごく高価だったためデジカメが買えず、なので動画がありません。このコンデジを買ったのは、2003年だったので、たった一年とちょっとしか、のんちゃんの動画を撮ることが出来ませんでしたが、写真も動画も何枚も何枚も撮って、アナログのカメラも加えれば、たぶん5、6,000枚は撮っているのではないかと思います。たくさん撮っておいて良かったと思います。私はこのたくさんの写真を棺桶に入れてもらって、あの世に旅立つのが夢です(笑)

最後までお付き合いくださいまして、どうもありがとうございました。
観てくださったみなさんにも、感謝感謝ですhappy01heart04

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2010年11月17日 (水)

始まりはムクドリだった

私たち夫婦が、野鳥観察を始めるきっかけは、ムクドリだった。

「その辺でよく見かける鳥」として、5本の指に入るであろうムクドリがきっかけだったなんて、意外と思われるだろうか。

ムクドリは、カラスやハトと並んで、害鳥と言われることの多い鳥だ。見かけも、ちょっとずんぐりしていて、羽の色も特に目立つ特徴はないし、カッコイイとかオシャレな、とかいう形容詞とも無縁な鳥だ。しかし私たちにとってムクドリは、「特別な鳥」で、格別にかわいく思えてしょうがない。

私たちは、ムクドリのことを「チースケ」という愛称で呼んでいる。

今日は、チースケと私たちの出会いについて、お話しさせて下さい。
(写真は全てクリックで拡大します。)

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2004年の6月に、のんちゃんを天国へと見送ってから、私は悲しみのあまり心と体のバランスを崩した。寝たり起きたり、良くなったり悪くなったりの状態を繰り返した為、体力も衰え、外出するのが怖くなり、家に引き篭もりがちになってしまった。
特に、のんちゃんが病床に就いた5月になると、気持ちの落ち込みが激しくなり、命日の6月を無事に終えるまで、鬱々とした日々を過ごす、毎年、そんな状態を送っていた。

私は一日のほとんどの時間を、のんちゃんの祭壇の前で過ごしていたのだが、その部屋にはベランダがあり、ベランダのガラス戸からは、お向かいのお宅が見える。
ある日、私の視線の端を、一日に何度も何度も横切るものがあることに気付いた。
「いったい何だろう?」と思いガラス戸から外を見てみると、ムクドリの夫婦が、お向かいのお宅の二階の窓の戸袋へ、出たり入ったりして何かしていた。口に藁のようなものを咥えては運び込み、運び込み、を繰り返していた。どうやら巣作りをしているようなのだ。2005年の5月のことだった。

ムクドリが戸袋に巣作りするのを見たのは初めてだったし、もともと鳥が好きだったせいもあって、私は、そのムクドリ夫婦の様子を、レースのカーテンに隠れてこっそりと観察するようになった。旦那にも、ムクドリが巣作りしたことを教え、旦那も一緒にこっそりと行方を見守った。

そのうちエサを咥えて運んで来るようになった。どうやら抱卵している様子。オスは、かいがいしく日に何度も何度もエサを運んで来る。

この頃は、まだデジイチが無くて、カーテンの隙間からコンデジで撮った写真なので、いまひとつわかりにくいが、拡大して見てもらえると、嘴の先に何か挟んでいるのがわかると思う。

抱卵中のメスのために、かいがいしくエサを運ぶオス。
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それから何日かすると、ヒナのかすかな声が漏れて来るようになった!無事に孵化したのだ。ヒナの声は日に日に力強く大きな声になって行った。何羽いるのかはわからないが、結構賑やかなようなので、2、3羽はいるのではないだろうかといった感じ。

更に何日か経つと、ときどき入口から、ヒナが顔...と言うか、嘴の先を覗かせるようになった。すごくかわいかった。

小さいし、フンも付いて汚れているのが申し訳ないのだが、拡大してもらえると、嘴がちょこんと飛び出ているのが、なんとなくわかると思う。
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私は、ムクドリのことを、いつしか「チースケ」と呼ぶようになっていた。理由はわからない。なんとなくそのときのムクドリは「チースケ」という雰囲気だったのだ(笑)

チースケのヒナが顔を覗かせるようになってから巣立ちまでは、そう時間を要することはなかった。2005年6月2日の早朝、とうとうヒナは巣立ちの日を迎えた。
(ヒナの巣立ちは、早朝、雨上がりの朝が多いと言われている。理由は、雨上がりには濡れるのを嫌うカラスや猫から狙われにくいから...とも言われているが、定かではない。)

巣から飛び出たものの、まだ怖くて、窓のヘリを行ったり来たりするチースケヒナ。
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勇気を持って屋根の上まで飛び降りてみる。
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チースケヒナは、しばらくの間、屋根の上を行ったり来たりしていて、近くの電線の上からは、既に巣立ったと思われる2羽の若チースケと父母チースケが、「こっちへおいで!」と言わんばかりに、「キョロキョロキュロロッ」とヒナに呼びかけていた。
お昼頃まで屋根の上でウロウロしていたヒナも、かなりお腹が空いていたのであろう。エサを咥えた親鳥の誘いに乗って、とうとう飛び立って行った。電線に停まって、親鳥からエサをもらって食べる姿は、まだまだひよっ子という感じで頼りなかったけれども、無事に巣立てて良かった。

チースケのおかげで、この時期の私の辛さも癒されたconfidentheart02

2006年も、やはり、チースケたちはやって来た。いそいそと巣作りをし、抱卵を始め、ヒナの声も漏れて来るようになった。私たちは、今年も無事にチースケが巣作りしてくれたことを喜び、ヒナの巣立ちを楽しみにしていたのだが、残念なことに、この年のヒナは巣立てなかった...。原因はわからない。ある朝、雨戸を開けたときは、ヒナの声が聞こえていたのに、お弁当を作り終えて再び窓のところへ様子を伺いに行ったときには、もう声が聞こえなくなっていた。その間、約30分。父母チースケも、何が起きたのか把握出来ない様子で、何度も何度も巣を出たり入ったりして確認していた。巣の下の屋根のところで、夫婦揃って呆然と佇む姿は痛々しくて、旦那と私も一緒に泣いた。ヘビかカラスに襲われたのか、それとも病気だったのか...。2、3日の間、チースケ夫婦は巣を出たり入ったりしていたが、その後、どこかへ飛び去って行った。

この年のこの時期は、悲しみも二倍以上となってしまった...coldsweats01

...が、なかなかのんちゃんの死を認められずにいた私にとって、改めて「生」と「死」について考える良いきっかけとなったような気もした。
「死」は、誰にでも等しく訪れる。好むと好まざるとにかかわらず...。

2007年の5月。その年も当然のように、チースケ夫婦は巣作りに訪れ た。「どうか今年は、ヒナが無事に巣立つことができますように...。」旦那も私も毎日祈りながら、チースケたちを見守った。

この年は、我が家に念願のデジイチがやって来た年で、望遠レンズのおかげで、コンデジのように窓辺に接近せずとも、チースケたちの様子を遠くからでも伺いやすくなった。双眼鏡がなかったので、デジイチの望遠レンズを双眼鏡代わりにして、部屋の奥からチースケたちの様子を観察した。写真も撮りまくった。

巣から出て来たチースケ親。
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動画も撮った。映像を残すと言うよりも、ヒナの声を残したくて撮ったものなので、映像自体は静止画だが、良かったら、ヒナの賑やかな鳴き声を味わっていただきたいhappy01
最後、親鳥が巣から出て来るところもかろうじて入っている。

ヒナは、順調に育ち、巣から顔を覗かせるようになった。

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エサを運ぶチースケ親。
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エサを咥えて近くの枝の上で辺りの様子を伺うチースケ親。
(写真はトリミングしてあります。)
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左:チースケ親 右:チースケヒナ 親子の会話(笑)
(写真はトリミングしてあります。)
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給餌の瞬間!
(写真はトリミングしてあります。)
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巣から顔を出して親を待つチースケヒナ。
顔つきもしっかりして来ているので巣立ちは近いと思われる。
(写真はトリミングしてあります。)
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チースケ親は、父親と母親がかわるがわる、朝から夕方まで、何度も何度もエサを運んで来る。いったいいつ休んでいるのか?という感じ。熱心に子育てする姿には、胸を打たれる。この巣の中に、何羽いるのかはわからないが(何故かいつも顔を出すのは、一度に一羽だけなので。)、ヒナの食欲といったら底なし状態。常に「エサくれ!エサくれ!」と鳴いている。

最初は、ピーピーとかわいらしい声で鳴いていたヒナも、成長するにしたがって段々と鳴き声も変わって来て、「ビョビョビョビョビョッ!」と野太い声になって来る(笑)
ヒナの鳴き声が、「ビョビョビョビョビョッ!」になったら巣立ちの日は近い。

次の動画は、巣立ち前日の巣の様子。

エサを咥えて巣の外からヒナの巣立ちを促す親鳥。ヒナもちょこっと顔を出す。「エサくれ!」とせがむも、親はヒナのところまでエサを運ぶことはなく、そのまま飛び立ち、近くの電線に停まって、ヒナを呼ぶ。...が、まだ誰も巣から出て来ない。空腹に耐え切れなくなると、巣から飛び出す、というしくみ(笑)

2007年5月22日早朝、とうとう最初のヒナが巣立つ。
(写真はトリミングしてあります。)
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巣から出たものの、まだ飛び立つ勇気はなく、窓のヘリに停まってウロウロ。でも、このコは、それほど時間を要さずに、無事に電線まで飛んで行き、親からエサをもらっていた。二羽ウロついていたので、巣に残っている一羽も入れれば、この年は三羽のヒナが育ったようだ。

巣には、まだ最後のヒナが残っている。
(写真はトリミングしてあります。)
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おにーちゃんやおねーちゃんは、とっくに巣から飛び出して、親からエサをもらっているのに、どうやらこのコは末っ子なのか?「まだ巣から出たくないでしゅ!」とでも言っているかのように頑固に粘っていたcoldsweats01

エサを咥えているのに、「キョロロロロッ」と巧みに鳴けるから不思議。親は、電線の上で、最後のヒナの巣立ちを促す。「お腹空いてるんでしょう?こっちへいらっしゃい!」と呼びかける。

(写真はトリミングしてあります。)
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エサの誘惑に負け、とうとう最後のチースケが巣立った!
(写真はトリミングしてあります)
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...が、巣立ったと言うよりは、巣から下の屋根に「ボトッ」と落ちたという感じ。体も先に巣立った二羽のヒナよりもだいぶ小さいような気もするし、足取りもヨロヨロとしていて心もとない。もしや、まだ巣立ちは早かったのではないか?そう思ってハラハラする。

「巣立ったヒナは保護しない。」というのがルールではあるが、果たしてこのコは巣立ったのか、はたまたまだ巣立ちは早いのに巣から落ちてしまったのだろうか?

ヒナも巣から出たはいいものの、どうしたらいいのかわからずに、ひたすら屋根の上をあっちにウロウロこっちにウロウロと走り回るばかり。ときどきつまずいたりして、あぶなっかしいったらありゃしない。
(写真はトリミングしてあります。)
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飛び立とうと試みるも、宙に浮きもしないし。

怖いので隠れるところを探して避難coldsweats01
(写真はトリミングしてあります。)
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これは、巣のあったお宅の隣の家の屋根で、ここまで飛んで行ったのではなく、なんと、よっこらしょ!どっこいしょ!と、足で歩いて昇って行ったのだったcatface

さすがに、ちょっと心配になり、もし、この屋根から落ちた場合は、保護しようと思い外へ出て、物陰に隠れて様子を伺うこと数十分...。(私も暇だなぁ...笑)

ようやく、ちょっと飛び上がって、窓のヘリまでよじ登れた!
一生懸命親鳥を呼ぶチースケヒナ。
(写真はトリミングしてあります)
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このヘリを二往復くらいした後、親鳥と兄姉たちの待つ電線へと、無事に飛び立つことが出来た。

チースケ、よくがんばりましたheart02

その後も気になって見ていたのだが、親鳥にくっついて、落下しそうになりながらも、近くの木まで飛んで行って、そこで休み休み飛ぶ練習をしていたようだ。

「もう大丈夫だろうconfident

そう思って家に入ると、時計は昼の12時を回っていた。私は約半日、チースケの巣立ちを見守っていたわけだ。ほーんと、私って暇だなぁ...(笑)

お昼を食べてから、チースケの様子を見に外へ出ると、虹が出ていたshine
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出来過ぎって感じでしょ?wink

嬉しいのと、ホッとしたので、泣けた泣けたsweat02

厳密には、虹とは言わず、日暈(ひがさ、にちうん)と言うらしいが、私には、チースケの巣立ちを祝福している虹に思えてならなかった。

そして、2008年の5月。

残念なことに、2008年の5月から、チースケがお向かいのお宅の戸袋で、巣作りすることは叶わなくなった。新築されたのだ。チースケが巣作りを始める少し前に、家は壊された。

家が壊されてから間もなく、チースケ夫婦がやって来た。電線に停まって、かつての家の跡地をじーっと見ていた。何日も通って来ていた。

そのうち、足場が組まれた。いよいよ工事の始まりだ。

ある朝、旦那と私は、シャッターを上げると目の前に不思議な光景を見た。

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足場のてっぺんに括り付けられた、あの四角いものは何だろう?

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それは巣箱だった。
チースケたちの大きさに合わせてわざわざ作られた巣箱だった。

旦那と私は、朝から号泣することになってしまった。旦那は、これから仕事へ行こうというのに目が真っ赤(笑)

お向かいのお宅は、昨日の日記にも登場したが、とても動物好きな方たちだ。
おそらくムクドリは、私たちが気付いた2005年以前から、お向かいのお宅に巣を作り続けていたのだろう。そう言えば、なんとなく、私たちがここへ引っ越して来たときから、既に、二階のあの窓は、開かずの窓となっていたような記憶がある。窓を開ければ、戸袋の中にガラス窓が収められるわけだから、チースケの巣がつぶれてしまう。だから、お向かいのお宅は、あの窓をずっと開かずの窓にしたのだろう。そうとしか思えなかった。

端から見れば、巣作りの様子は観ていて楽しいし、ヒナの声もかわいい。しかし、現実問題として、ムクドリが巣を作った後には、ダニも湧き、臭いだって相当なものらしい。画像でもわかっていただけたと思うが、フン跡で壁も汚れる。お隣さんは、チースケが巣立ってしばらくすると、毎年、屋根に上がって、戸袋の中と汚れた壁をキレイに掃除していた。大変な作業だったと思う。でも、決してその戸袋の入口をふさがなかったのだ。それって、つまり、ムクドリのために...ってことでしょう?

ムクドリは私たちにとって身近な鳥で、住宅地でも駅前でもたくさん見かける。二階の窓の戸袋は、ムクドリたちにとって格好の巣場所として評判らしく、私たちはお向かいの巣作りをきっかけに、あちこちの戸袋に注意を払うようになったのだが、すると、戸袋のあるお宅では、大概、ムクドリが巣作りをしていることに気付いた。
しかし、住居のデザインも近代的なものになり、新しく建てる家には、戸袋を見かけることはなくなった。うちのアパートだって、戸袋はなく、シャッターだもの。ムクドリが安心して巣作り出来る場所は、年々少なくなっているのだ。

チースケたちが巣作りしてからも、他のカップルが、巣を奪いに来ることが何度もあった。どちらのカップルも必死だった。チースケ母は巣の入口を塞いで侵入を防ぎ、チースケ父は嘴でつついたり、ケリを入れたりして追い払う。相手もなかなか引かなかった。最終的には、チースケたちが勝っていたようだが、巣を奪わなければ、自分たちが巣作りする場所を確保出来ないほど、逼迫した状況だったのかも知れない...。

お向かいさんは、家を新築するものの、毎年巣作りに来ていたムクドリのことが気がかりで、申し訳なく思ったのであろう。きっと、巣箱を置かずにはいられなかったのだ。

実際は、トンテンカントンテンカンとうるさい建築現場の巣箱に、野鳥が安心して巣作り出来るはずはなく、とうとうチースケは来なかったが、ムクドリのことを忘れなかったお向かいのお宅のやさしさに心を打たれた。こういう他者へのやさしさって、思いやりって、持てそうでなかなか持てないと思うのだ。ほとんどのひとは、「フンが汚い」「臭い」「うるさい」で、排除してしまうのではないかと思う。コレが、もし私の家だったらどうなったか、はたして私はムクドリに、戸袋を差し出せただろうか...?

私たちは、お向かいさんから、とても大切なことを教わった。
地球で暮らすものたちと、「共に生きる」ことについて、考えるきっかけをいただいた。

私のひきこもり状態も、もうだいぶ良くなっていて、積極的にあちこちに出かけられるようになっていたので、私たちは、色んな場所に足を伸ばして、野鳥観察を始めた。
それまで、スズメ、カラス、ハト、ムクドリ、オナガ、ヒヨドリくらいしか判別出来なかった私たちだったが、気をつけて観るようになると、こんな住宅地にも、実にさまざまな鳥が暮らしていることに気付いてびっくりしたcoldsweats02

シジュウカラなんて、超珍しい鳥だと思っていたのに、下手すればスズメよりもたくさん見かける。シッポを上下に振りながら、早足で歩く鳥は、ハクセキレイだった。私が保護したカワラヒワも居た。裏の梅林には、梅の花の季節になると、わんさかメジロが訪れた。キツツキなんて、山奥まで行かないと逢えないと思っていたのに、実は住宅地にもコゲラ(ゲラはキツツキ関係)という小さなキツツキが棲んでいる。コゲラは、「ギィー!」と鳴きながら移動するので、私たちはコゲラのことを通称ギィと呼んでいる。

野鳥は、どの鳥もみな、美しくかわいかった。みんな等しく美しくかわいかった。その鳥その鳥、それぞれに、その鳥だけの魅力があった。観ているだけで、しあわせな気持ちになった。こんなに沢山の野鳥が居るなんて、と思うと、自分たちが住む土地にも今までと違った感情が芽生えた。「いいところに住んでいるなぁ!」と思って楽しくなった。

私たちは、たくさんの恩恵を賜った。

私たちにも、野鳥のために出来ることがあるかも知れない。そう思って、日本野鳥の会に入会した。入会して会費を払ったり、ときどき寄付をするだけで、特別に何かしているわけじゃないけれど、「野鳥の会の会員の名に恥じないように。」と思うと身が引き締まるし、会報を呼んでいるとためになるし、野鳥の生態への理解も、ちょっとずつだけど深まって行く。

きっかけは、ムクドリだった。

お向かいのお宅に巣を作ったムクドリの家族だった。

だから、私たちにとってムクドリは、今でも特別な鳥で、どこへ野鳥観察に出かけても、ムクドリの写真だけは必ず撮る。

そして、やっぱり、こう呼んでしまう。

「チースケ~♪」ってhappy01heart04

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2010年10月26日 (火)

カワラヒワの思い出

私は、たった一度だけ、野鳥を保護して育てたことがある。しかも会社で。

...そう言うと、大概の人に驚かれるcoldsweats01

でも私が勤めていた会社は、とてもおおらかな人が多く、また、世間知らずの厚顔無恥な小娘のわがままを、やさしく見守ってくれるような温かみのある職場でもあった。

今日は、そのコの思い出語りをconfident

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そのコは、会社の敷地内に落ちていたのを、同じ職場の男性が拾った。まだほとんど産毛も生えていなかったので、孵化して間もないヒナだったのだと思う。もともと体が弱く、生き残れないだろうということで、巣から落とされるとも聞いたことがある。そのコも小さく弱々しく頼りなく、助からないように見えた。

小さな紙の箱に、裂いたティッシュをふかふかにして敷き、巣を作った。社員食堂で、割り箸と、炊いたご飯をもらう。割り箸は先をカッターで削って、親鳥の嘴に見立て、ヒナのノドにエサを流し込む匙にする。ご飯は水を加えてふやかして、どろどろの状態に。少し食べてくれた。その日は、そのまま職場の倉庫に置いて帰宅する。明日の朝まで生きていてくれるかどうか...。正直、亡くなってしまうのではないかと思っていた。

翌朝早くに出勤すると、果たしてそのコは生きていた。そして、箱を覗くと、「ピー!」と鳴いた。我が家では当時、オカメインコを飼っていて、オカメインコのエサと小さなすり鉢とすりこぎを、自宅から持って来ていた。オカメインコのエサにお湯をかけてふやかして、すりこぎで擂ってドロドロにしてから、ヒナの口へ流し込むと、クククッ!と勢い良く食べた。「ピーピーピー!(おかわりおかわり!)」と催促された。お腹いっぱいになったヒナは、ティッシュに埋もれてぐっすり眠り、目覚めるとエサを催促し、また眠り...を繰り返し、拾ったときとは見違えるほど元気になっていた。

しかし、オカメインコのエサを与え続けるのは、さすがにマズイだろうということで、その日の帰りにペットショップへ寄り、状況を説明したらすり餌を勧められた。すり餌の食いつきは、すごく良かった!オカメインコのエサよりは、ずっとずっと美味しかったのであろうcoldsweats01

そうして私は、職場でヒナを育てることとなった。ヒナの名前は、「しげる」に決まった。ヒナを拾った人の名前を、記念に頂戴したのだ。もちろんちゃんと許可を頂いた。本人「茂」氏公認の「しげる」だbleah

上司からも職場の人たちからも、誰からも怒られることも、注意されることもなかった。私もちゃんと仕事をこなした上で、空いた時間にヒナの世話をしていたし...。

私信:ブルーインパルスさん、そうですよね?私ちゃんと仕事してましたよね?!...と、一応、確認してみたり...(笑)

私の職場は、電算室(今のコンピュータールーム)で、社内の機密文書も扱っているということで、めったに人が訪れない陸の孤島のようなところだった。それも幸いしていたのかも知れない。さすがに、しょっちゅう来客のある「総務」や「経理」では、そうはいかなかっただろう。色んな意味で、私も、しげるも、恵まれていたconfidentheart04

しかし、私がヒナを育てているという噂は、アッと言う間に工場内に広まったようで、野鳥に詳しいおじさんが、生餌を持って訪ねて下さり、「コレは、カワラヒワの子どもだね!」と教えて下さったり、敷地内でミミズを捕って持って来てくださるひとが居たり、たくさんの方たちから応援され、見守っていただいた。

その甲斐あって、しげるは、日に日に元気になって、すくすくと成長した。「しげる♪」と呼ぶと返事をするようになった。呼んだ人のところに、飛んで来るようになった。とても賢いコだった。飛べるようになってからは、カゴから出て、職場を自由に飛びまわっていた。放鳥する日の訓練のつもりもあった。職場の人たちの頭のてっぺんや、肩や、手の上に乗って、髪をついばんだり、シャーペンのおしりをつついたり、遊び好きで、誰にでもよく懐く、かわいいコだった。ときには、書類に粗相をしてしまうこともあったが、誰も怒らなかった。

しげるは成鳥になり、私はしげるを自宅へ連れ帰った。

私の実家は公団で、公団では犬猫の飼育は禁止されているが、金魚や小鳥は認められていたので、うちには私が子どもの頃から、ずっと金魚と小鳥が居た。文鳥、セキセイインコ、コザクラインコ、ボタンインコ、そしてそのときはオカメインコが居た。オカメインコは、親父のことをとても慕っていて、私が親父と話していると、やきもちを妬いて、私の耳たぶをくちばしでつまんで、つねるようにねじりあげた。その痛いことと言ったらbearingsweat01

親父としげるは、すぐに仲良しになった。私の肩よりも、親父の肩に止まることの方が増えた。親父と遊ぶことが増えた。私は、年頃で、結婚も控えていたので、デートで忙しく、親父ほど、しげるのことをかまってあげられなかったので、そのせいもあったのかも知れない。
(私は×2で、今の旦那は3番目。当時の結婚は、最初の結婚。)

嫁ぎ先に、しげるを連れて行こうかどうしようか悩んだが、結局、親父に託した。うちは、両親が、私が中1のときに離婚して父1人、子1人の父子家庭だ。私が嫁に行ってしまったら、親父も淋しかろう、少しでもにぎやかな方が癒されるのではないか、そういう気持ちもあった。

親父も、すごくしげるをかわいがっていた。

親父が、いかに、しげるをかわいがっていたか、ちょっとした逸話がある。

うちの親父は、当時、大酒飲みで(今は一切飲まない)、ある日、泥酔して、公団の階段から落ち、頭蓋骨骨折という大怪我を負った。連絡をもらって、病院へかけつけると、親父は検査中だった。待合室で結果を待つ私に、看護士さんが寄って来て、こう言った。

「しげるさんを呼んであげてください。」

え?しげるさん???

一瞬、なんのことかわからなかった。

ぽか~んとした顔をしている私に、看護士さんは、続けてこう言った。

「昏睡状態のお父さんが、寝言で盛んにしげるさんの名前を呼んでいるんです。「しげる!しげるぅーっ!!!」って。お父さんのために、しげるさんを呼んであげてください!早く!一刻も早く!」と...。

私は、やっと理解した。親父は、カワラヒワのしげるの名を呼んでいるのだと。一人娘の私ではなく、ペットの名前を寝言で叫ぶうちの親父って...gawk

看護士さんには言えなかった。「しげるは人ではなく、鳥なんです。」と...。私はただただ苦笑いするしかなかったcoldsweats01

幸いにも親父の頭蓋骨骨折は、内側に陥没することなく、外側にパクッと割れた状態だったので、脳には一切傷がつかずに済んだ。ICUにいたのは一晩だけで、次の日には2人部屋に移り、普通に会話も出来た。3日目には大部屋に移り、起き上がっておかゆも食べた。その後はめきめきと回復し、半月ほどで退院となった。

退院してから聞いてみた。寝言でしげるのことを呼んでたらしいけど覚えてる?って。

親父は、「そんなことは言っていない!」と言い張っていた。

親父は、階段から落ちたことを覚えていなかった。それほど泥酔していたのか、頭を打ったショックで忘れてしまったのか...。朦朧とする意識の中で、親父は、何を思ったのか...。もしかしたら、自分が階段から落ちて瀕死の重傷を負ったことをわかっていたのかも知れない。そんなとき、急に胸に湧き上がって来たのは、しげるの行く末のこと。私は嫁に行って心配はいらないが、しげるは、自分が居なくなってしまったらどうなるのだろう?そう思って不安になり、思わず名前を呼んでしまったのか?

しげるは、7歳まで生きた。

この話をブログの載せようと思って、実家でしげるの写真を探したが、とうとう見つからなかった。何枚も撮ったと思うんだけどおかしいなぁ...。

写真は、今年の春に近所で撮ったカワラヒワ。
(トリミングしてあります。)

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なんとなく、私の記憶の中のしげるとは、ちょっと違うような気もするのだが、写真が見つからないので確かめようもない...。

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何度も放鳥を試みた。家の窓を全部開け放ち、しげるが好きなときに飛んで行けるようにして一日過ごしても、しげるはとうとう一度も飛んで行かなかった。ベランダにチョン!と置いて、ドアを閉めたこともある。しかし飛んで行かなかった。ずーっと鳴いていて、まるで「中に入れて!」と泣いているように思えて、家に入れてしまった。周りにはカラスが多いので、怖いのかな?と思った。しげるは、怖くて「帰れない」のだと、その時は、親父も私もそう思っていた。

しかし、野生の衝動というものは、そんな生半可なものではない。意思や意識とはまったく別に、体の底から沸きあがって来るもの、それが野生の血だ。しげるも、「こっちへおいで!」「野生に帰りなさい!」、そういう野生の声を何度も聞いたに違いない。なのに、なぜ、帰れなかったのだろう?

もしかして、しげるは、「帰れなかった」のではなく、「帰らなかった」のではないか?

それに気付いたとき愕然とした。

しげるは、野生の呼び声に耳をふさぎ、1羽のカワラヒワとして生きることよりも、しげるとして生きることを選んだのではないか...?

そう思ったら泣けて来た。もし、そうだったのだとしたら、なおさらのこと、私は心を鬼にして、しげるを野生に帰してあげなければならなかったのだ。しげるが落ちていた木の枝に、しげるを置いてあげるべきだったのだ。

「しげるは、帰れない。」という親父と私の勝手な解釈は、せっかくカワラヒワとして生まれて来たしげるの鳥としての”生”を奪ってしまった。

野生の鳥は飼ってはいけない、という決まりがある。当時、私はそれを知らなかった。周囲の人たちは、もしかしたらそれを知っていたかも知れない。うちの親父も。でも、「あんなに懐いているのだから。」と思い、敢えて何も言わないで見逃してくれたのだろう。

私がそれを知ったのは、ずっと後のことで、今では、旦那と一緒に『日本野鳥の会』 の会員にもなり、巣から落ちたヒナにどう接しなければいけないのかも知っている。日本野鳥の会のHPには、「「ヒナを拾わないで!!」 というコーナーもあり、なぜ拾ってはいけないのか、また、万が一拾ってしまった場合は、どうしなければいけないのか、どういう機関に相談したらいいのか、連絡したらいいのかが説明されている。

野鳥は、”野に居てこその鳥”だ。

カワラヒワの姿を見るとき、私はしげるのことを思い出し、懐かしさと愛おしさと共に、ちょっとだけ切なくなる。そして心の中でそっとつぶやく。「野に帰してあげられなくてごめんね...。」と。

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